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自分の勘が理論的にも裏づけられ始めると、治療の目安として患者さんの白血球の割合を調べるようになった。 すると、圧倒な割合で「穎粒球過神経緊張」を起こして不調に陥り、来院されているケースが多いことがわかった。
やはり、病の大半が交感神経の過緊張から起こるのだ。 私はしだいに、病気に対し、新しい観点から治療を行えないものかと思うようになった。
平成七年の八月、腰痛を主訴とする二十三歳の女性が外来に来た。 私は消化器外科の担当なのでなぜ整形外科に行かないのか尋ねると、整形外科ならもう何軒も回ったがいっこうによくならず、私が胃切除後に起こる骨粗しよう症の研究をして腰痛などにも詳しいと聞いたため、来院されたという。
初回は、あまりにも痛みが激しかったため、応急処置として一般的な鎮痛剤を処方した。 鎮痛剤は一時的には効くのだが、その後かえって痛みが増してきたという。
実は、鎮痛剤は白血球の中の穎粒球を増やしてしまう作用のあることがのちほどわかるのだが、このときの私はまだ知らなかった。 それでも、結果がよくないのならば別のアプローチをと、骨粗しよう症の治療に使われるビタミンDを処方した。

ところが、これも効かない。 患者さんのつらさに、「何かあるのかもしれない」と思い、日々の暮らしについて話してもらうと夫婦の不仲や子供の教育のことで悩み続けてきたという。
彼女を悩ませた、本当の原因はストレス(ストレスが引き起こす血流障害)なのかもしれない。 さっそく血液のデータをみると、案の定、白血球数が大変多く、穎粒球六十三パーセント、リンパ球二十八%(健康な人の平均は穎粒球五十四?六十%、リンパ球三十五から四十一%)と、ストレスによって交感神経が緊張している様子が血液の状態からも判断された。
そこで私は、副交感神経を刺激することがデータ上判明しているグリチルリチン剤を処方して様子を見てもらった。 通常、腰痛の人に処方するのは鎮痛剤の類であって、肝機能障害などに主に適応するグリチルリチン剤を出すことはない。
副作用の心配もなく、問題のある処方ではないのだが、一般的に考えたら「変わった処方」ということになるだろう。 それでも、副交感神経を優位にしてリンパ球を増やすことが治療の鍵を握るという原理に気づいた以上は、実行するべきだという一心からだった。
二週間後、再び顔を見せた彼女は食欲が出て、腰痛もなくなったとすっかり元気を取り戻している。 血液のデータでは、多すぎた白血球の数が基準値に戻っていた。
私自身、この結果には衝撃を受けた。 やはり彼女の不調の正体は、「ストレスによる交感神経優位」だったのである。
その証拠に、彼女は副交感神経を優位にすることよって、あっという間に元気を取り戻した。 「悩みの腰痛がなくなって、本当にうれしいです」という喜びの声がきけるのは、医者としての喜びである。
こうしたケースが度重なり、私は臨床上でも副交感神経の刺激で病気が改善するのを目の当たりにするようになった。 患者さんが、もっとよくなってくれたらという一心で、グリチルリチン剤を処方していた。
そのころから、外科系以外の患者さんを診ることも多くなったのであるが、私のこうしたグリチルリチン剤の処方は不適切であると、病院の内部から強い批判をあびるようになった。 そもそも、グリチルリチン剤は医学論文から調べても、免疫調節作用がある薬剤であるにも関わらず、である。

不協和音はどんどん高まり、あるときの院長会議で私はみなから責められた。 「処方が適切でない、意味がない」などの言葉を浴びるうちに、カツとなった勢いで、「ならば辞めてやる」と淡珂を切ってしまった。
結局「HLA理論」を見つけて一年もたたない平成八年六月、その病院を辞職することになったのである。 私は、決して優等生タイプの医者ではなかったが、それなりに腕のよい外科医として患者さんからは慕われていたと思う。
五十代はじめに K 病院の副院長職に就き、それなりの出世コースにも乗っていたはずだった。 そのような、医者としての軌道からは完全に外されてしまった。
それも、患者さん一般的なやり方を外れたら、槍玉にあがる。 そんなことは当たり前だったのだが、ようやく、本当にようやく見つけた「治療の手がかり」を前にここで引き下がるわけにはいかなかった。
治したいという気持ちから出た行動ゆえに、だった。 当時、やはり医者になった息子にその話をすると、「おとうの考えていることは悪くはないかもしれないけど、常識的な医療行為はきちんと守るべきだ」と言う。
守るべき常識的な医療行為とは、マニュアル通り、教科書通りの医療のことなのか。 交感神経の緊張を和らげてやればよくなる患者さんに対し、副交感神経を高める治療を行うことは、医療ではないというのか。
いや、俺のやっていることは絶対に間違っていない。 そもそも、製薬会社の作ったマニュアルに照らし合わせても、グリチルリチン剤の投与が不当であるという証拠はないのだ。

無念さと、新しい治療への一筋の希望を胸に、知人に紹介されて新しい職場へと移ることになった。 老人医療を主とした、N温泉病院という病院である。
N病院で勤務をはじめて間もない日、共同研究者の A 先生から手紙をもらった。 そこには、「刺絡療法」という鋪灸の治療法の一つに関する資料と、横浜で開業する ASA 医師の『刺絡との出会い』という論文も入っていた。
刺絡とは初めて目にする言葉ではあったが、東洋医学の世界では古くから重要な治療法として一目をおかれるものらしい。 具体的には、手足の指先にある刺絡のポイント(ツボの一種)と、頭頂部にある百会というツボをハリ(注射針)で刺激する療法と言われ、あまりピンとこなかったのだが、 ASA先生の論文の一説に「刺絡は自律神経の異常冗進をおさえ、交感神経・副交感神経のバランスを図る作用がある」とあるのに目をひかれた。
A 先生は、今度横浜で開かれる ASA先生の研究会に、いっしょに参加しないかと誘ってくれたのだ。 平成八年十一月十六日、 A 先生といっしょに横浜へ出向いた私は、まず八十一歳という年齢を感じさせない ASA先生の若々しい姿に驚いた。
ASA先生は、自身の頑固な四十一肩をこの刺絡療法で完治させてから、ご自分も治療法の一環としてとり入れるようになったという。 講演のあとは、実演だった。
患者役には A 先生が立候補した。 A 先生は、ドライアイやひどい肩こりにずっと悩まされていた。
ASA先生は、イスにちょこんと座った A 先生の手足の指先、そして頭頂部に軽々と注射針を刺していく。 所要時間は三分ほどだ。
やがて立ち上がった A 先生が、呆然としたようにしゃべった。 「目がよく見える、これは視界が広がったみたいだ。
それに肩が軽い」効果を目の当たりにした私は、ああ探していたのはこれだったのだと、感じた。 副交感神経を優位にすることが、患者さんの治癒につながると気づいて以来、そのための手段を持たなかった私は、グリチルリチン剤を処方することしかできなかった。
しかし、この刺絡とやらは、瞬時に人の体の状態を改善する力があるらしい。 きっと血液のデータを集めたら、グリチルリチン剤と同じかそれ以上のデータだって集まるに違いない。

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